子どものやる気を引き出す! 親のアプローチ

更新日時:2018年02月28日

☆誰の問題なのかを考える☆

 

◇私がよく相談を受けるのは、「子どもが親の言うことを聞かないがどうしたらよいか」というものです。そういう相談の時に、私が考えるのは、問題の所在はどこにあるのか、ということです。子どもが責任ある大人に成長するためには、自分のやったことに対して責任が生じるということをいつも意識して育つことが必要です。

 

◇もし、そういう経験を避けて通ってしまうと、大人になってから大変なことになります。ですから、親としては、子どもに責任というもののあることを伝えていくことが必要なのです。そこで私は、親の言うことを聞かない子どもは、親の言うことを「聞かなくても良い問題」だと思っているのかどうなのかを確認したいのです。

 

◇つまり、そのことは、子どもの問題なのか親の問題なのかということにつながっていきます。もし、子どもの問題であれば、子どもは自分で問題が処理できなければ、親に聞くことになりますし、親の問題であれば、子どもは関係ないはずなので、親の言うことを聞くことはないのです。

 

◇例えば、勉強をしないのは、子どもの問題か親の問題かを考えてみます。多分、日本のどこかで今も何人かのお母さんが「勉強しなさい!」と子どもに向かって言っていることでしょう。しかし、なかなか子どもは、こんな叱咤激励(?)では勉強しないだろうと思います。親の言うことなんて聞かないのではないでしょうか。

 

◇たとえば、こんな会話が、毎日のように繰り返されているかもしれません。

 

会話A

お母さん:「テスト前なのに勉強はどうなっているの」

A君 :「分かった、勉強するよ」

お母さん:「じゃあ、早くやりなさいよ!」

A君 :「このゲームをクリアしたらやるからさ」

お母さん:「テスト前なんだからゲームなんかやっている場合じゃないでしょ!」

A君 :「うるさいな!やるって言ってるだろ!」

 

会話B

お母さん:「テレビなんか見てないで勉強しなさい!」

B君 :「うるさいな!テレビぐらい見せてよ!」

お母さん:「いつもテレビ見てるんだから、勉強しなさいよ!」

B君 :「分かった!分かった!後で絶対するから」

お母さん:「何言ってるの!後になってもやるわけないでしょ!すぐに勉強しなさい!」

 

◇勉強をやるかやらないか、誰の責任でしょうか。親の責任として、子どもに勉強をやらせるという意見もあっていいですが、本質的には、勉強をやるかやらないか、それは、勉強をする子どもの責任です。勉強をするもしないも、子どもの問題なのです。勉強しないで、テストの点数が悪くても、親は痛くも痒くもないはずですから。それを親である私たちが、自分の問題のように考えてしまうから、親子喧嘩が始まってしまうのです。

 

◇まずは、問題の所在を意識してみましょう。たとえば、勉強するのは、子どもの問題なのです。子どもが勉強しないでイライラするのは、親の問題なのです。そういう識別が重要なのです。そして、その後に、勉強することを共通の問題に投げ返していくことが親としては重要なことなのです。

 

お母さん:あなたが勉強しないのを見ていると、お母さん、イライラするのよね。

 

◇こんな感じで、子どもに投げ返してください。

 

『誰の問題なのかを考える!』

 

 

 

☆お互いを尊重する!☆

 

◇さて今回は、人間関係の基本について考えてみたいと思います。人間関係を考える時、年齢はあまり関係ありません。しかし、親子関係ともなると、ついつい年齢を基軸に置いて考えてしまうことが多いように思います。「まだ、あなたは若いのだから!」というように。しかし、大切なのは、相互尊重の考え方です。

 

◇一般に親は、子どもには親を敬うことを要求するものです(意識的にそういう風に教えている場合もありますし、意識的ではありませんが、子どもが親である自分を尊重しないと腹を立てる場合も、事情は同じで、子どもに親を敬えと要求しているのです)。

 

◇逆に、親が、子どもを尊重しているという場合は案外少ないようです(子どもを尊重しているように見える場合もありますが、実は尊重しているのではなくて、放し飼いにしている場合が多いように見えます)。

 

◇たとえば、子どもに対してこんな会話をしてないでしょうか。

 

お母さん :「明日の学校の準備はしたの」

A 君 :「うん」

お母さん :「本当?うんって言うんだから、お母さんが確認してもいいよね」

お母さん :「あらあら、やっぱりやってないじゃないの」

A 君 :「・・・」

お母さん :「約束をしたら、約束を破ってはいけないのよ。嘘をついたことになるから」

A 君 :「この前、お母さんは、僕におもちゃを買ってくれると約束したけど」

お母さん :「今は、そんなことを言っている訳ではないでしょ。A君に約束の大切さを教えているのよ」

A 君 :「・・・」

 

◇どうでしょうか?相互尊重の観点からすると、子どもの事情を何も勘案することなく疑っている点で、親は子どもを尊重していないし、また親自身が約束を破っておいて、約束の重要性を教え、また子どもに約束を守ることを無条件に押し付けようとするところに、子どもを尊重してないことが表れています。

 

◇これでは、双方向の信頼関係は生まれませんから、良い関係は築けないのです。まずは、親自らお互いに尊重しようと示さなくてはならないと思います。人間として、年齢を超えて、存在として対等な関係だと、親が子どもを認めなくては、相互尊重の関係は築けないのです。

 

◇子どもが何もかも劣っていて、親である自分が何もかも優れているという単純な考えだけは持たないほうが良いのですが、無意識にそんな考え方をしている場合もあるのです。ちょっと気を付けてみてください。

 

◇親が子どもの存在を尊重しない限り、子どものセルフ・エステームは、高まらないものです。自分の存在は、それだけで価値があるものだと子どもが感じない限り、子どものやる気はでません。ですから、まずは、人間関係の基本として、相互尊重の精神を親が体現することです。誰もが、尊重される存在なのです。

 

『お互いを尊重できる関係にしていこう!』

 

 

☆自然の結末にしっかり向き合ってもらう下地作りを!☆

 

◇前回は、子どもの問題か親の問題かを識別して考えることをお勧めしました。今回は、問題の所在によって、どういうアプローチが出来るのか、考えてみたいと思います。

 

◇最も身近な勉強の問題で、どういうアプローチを取れば良いかを考えてみましょう。勉強をするしないは、子どもの問題だと分かれば、どんなアプローチが出来るでしょうか。

 

お母さん:「テスト前なのに勉強しなくて大丈夫なの?」

A 君 :「このゲームをクリアしたらやるからさ」

お母さん:「そう、分かったわ。どのくらい勉強する予定なの?」

A 君 :「そうだな~1時間ぐらいかな。」

お母さん:「1時間勉強するのね。頑張ってね。」

A 君 :「うん。」

 

◇こういう会話があった後に、まだA君が勉強をはじめていないとすると、お母さんはどういう対応をするでしょうか。きっとこういう対応になるのではないでしょうか。

 

お母さん:「何でまだ勉強していないのよ!約束したでしょ!」

A 君 :「うるさいな!」

お母さん:「さっき、ゲームをクリアしたら勉強するって言ったじゃない!」

A 君 :「気分が変わったんだよ!ほっといてよ!」

お母さん:「何言ってるの!テスト前なのに!勉強しなさいよ!」

 

◇この対応では、子どもは不愉快になって勉強をやらないか、やったとしても集中できないだろうと思います。ですから、こういう場合は、以下のように対応してみてはどうでしょうか。すぐに変化は現れないかもしれませんが、根気よく続けていけば、きっと効果は出るはずです。

 

対応1

お母さん:「あれ?気分が変わったの?」

A 君 :「何?」

お母さん:「勉強するって約束よ」

A 君 :「ああ、なんか勉強する気がしなくなったんだよ」

お母さん:「そう。テスト勉強しなくて不安じゃないの? あなたが不安じゃなければいいけど」

A 君 :「うん。気がむいたら勉強するよ」

 

対応2

お母さん:「あれ?勉強してないんだ。何かあったの?」

A 君 :「何もないよ」

お母さん:「お母さんと約束したこと覚えてる?」

A 君 :「ああ、覚えてるよ。でも、なんか勉強する気がしなくなったんだよ」

お母さん:「そう。お母さんに手伝ってほしいことはないの。」

A 君 :「別に。」

お母さん:「勉強に対して何か不安でもあるの?それともただ今は気が乗らないだけ?」

A 君 :「そうだね。気が乗らないだけ」

お母さん:「そう、じゃあ、気が乗ったらテスト勉強するのよ」

A 君 :「まあね」

 

◇こういう会話だけでは、実際何も変わらないように思えますが、実は、この会話の後に、子どもには「自然な結末」が待っています。勉強をしなければ、テスト結果はよくないという「自然な結末」が待っているのです。このことが、自分の責任として、子どもが理解できるようになれば良いのです。悪いテスト結果が出た時にどういう風に子どもに自分の結果を向き合ってもらうか、ここが重要な点です。

 

◇親が子どもを叱ることで、子どもの責任をとってしまって、「自然な結末」を子どもに経験させないので、子どもの責任感が育たないのです。お母さんは、不安かもしれませんが、根気よく、子どもの自主性を持つことが大切なことなのです。

 

『自然の結末にしっかり向き合ってもらう下地作りを!』